ポジティブシンキング

学生時代ぼっち飯をしてた僕があえて孤独を勧める理由

学生時代、学科に話すくらいの友達はいたけどあえて僕(@hasesan00)は、ぼっち飯をしていた。

こんなことを言うと

「うわぁ〜根暗じゃん!!きもいっ!!」

って思われるかもしれない。

だけど、これは僕の中でちゃんと自分ルールが存在したからこういう選択をとったんだ。

今日は、そんな僕があえて孤独を選ぶ理由と選ぶことで得られたものを綴っていくよ!

あ、ちなみにこの記事は決して孤独になることを推奨するものではないですからそこんとこ履き違えないように

 

僕がぼっち飯をするようになった理由

僕が大学に入学した当初の話をします。元々、僕は友人数名と連んで食事をしに行く人間でした。

んで、友人数名と食事をしていると、いろいろな情報が入ってきますね。

学生であれば、交友関係の話だったり、勉強の話だったり。

社会人になれば、飲みの場で主に仕事の話とかでしょうか。これだけ聞くと色々な話が聞けて面白いと思われるかもしれませんが、ある時に

「これって全部愚痴か悪口じゃね?」

って気づき始めたんです!具体的には、

「学科の○○って△△だよね(笑)」

とか

「あの教授××だから嫌なんだけど!」

とか。

社会人の飲み会でいえば、

「あの課長、△△だから嫌だな〜。」

みたいな!

とにかく9割型愚痴や悪口で自分のためになる内容というのがほとんど入ってこないということに気づいてしまったんです!

「じゃあ、なんでこんな風になってしまうのか?」

ということを疑問に思い、自分なりに考えてみました。

共通事項が少ない

なんでこんな風に愚痴や悪口が会話で多くなってしまうのかという理由の1つに共通事項が少ないことが挙げられると思いました。

例えば、僕が元々食事中に連んでた友人と共通していた点は、大学が同じという部分だけだったんですね。だから必然的に大学の話題が中心になります。

んで、何故か大学の話題ってポジティブな話題よりもネガティブな話題の方が盛り上がるんですよね(笑)

まぁ、これは人間の傾向なのかもしれませんが、例えば、僕は大学で

「お互いTOEIC高得点取れるといいね!あっはっは!!」

みたいな会話は聞いたことありません!むしろ

「TOEICの講義めんどくせ〜、次の講義サボらない?」

みたいな会話が大半です!

そもそも何をもって友人なのか

そんでもって、こういうことを考えてたら「友人ってなんなのかな〜」なんて考え始めたんです。でも、それって誰も教えてくれないじゃないですか。

当たり前ですけど何をもって友人とするのかは自分で決めなければならないんですね。

でも、僕はその当たり前をこれまで認識したことがなかったわけです。だから、少しの間自分の中でどういう友人に囲まれていたいかを考え始めました。

その結果、僕の中での友人はただ共通事項があることではない、すなわち彼らは学科の人間としての友人であって自分ルールの中での友人ではないなってことに気づいたんです。

社会人の飲み会で愚痴や悪口が多くなるのもこれが理由

思えば社会人の飲み会で愚痴や悪口が中心になる理由も共通点が同じ会社だけしかないからですよね。

でも「なんで皆会社の飲み会に参加するのか」って聞くとだいたいが口を揃えて「会社の飲み会には参加するのが普通。」と根拠のない普通を唱えるんですよね。

このような根拠のない普通に囚われるのが僕は非常に勿体ないと感じたんです。

 

自分ルールに従って生きることにした

以上の理由から、僕は従来の常識や考え方に縛られるのではなく、自分ルールに従うことにしたんです。

そしてこのような生き方を選択したことによって2つのメリットを得ることができたと考えています。

1つ目は、自分の人生を生きられるようになったということですね。周りからの圧力や常識に縛られずに行動するわけですから行動に縛りが無くなります。

だからより自分らしい人生を送ることができるようになったと実感していますし何よりこの生き方が自分にとってストレスフリーなんです。

2つ目は、選択に迷いがなくなってきたという効果があるなと思いました。

これは自分も修行中なのですが、自分ルールを作ったおかげで物事や人生のターニングポイントを決断するスピードが昔よりも速くなった気がします。

もちろん、ある程度リスクをどうしても考えてしまうため(防衛本能的なものだと思います)若干躊躇してしまうことはあるのですが、それでも昔よりはかなり迷いがなくなったと思います。

なんで迷いがなくなるといいかっていうと、その分だけ時間を手に入れることができるからなんですね。迷うってことは迷った分だけ時間を失うってことなので。

 

結論

僕は友人と連んでいる人に対して「その関係をぶち壊してまで孤独になった方がいいよ!」とは言わない。

友達と連んでてとても有益な時間を共有できる場合も多々あるからだ。

僕がこの記事で言いたいのは、何をもって友人なのかという部分に今後フォーカスを当てた方が幸せだと思うよってことだ。

早い話、僕は友人にはある種階級みたいなのが存在すると思ってて、自分にとって悪い友達もいれば良い友達もいて一人一人が皆十人十色だ。大事なのは、その中から自分の価値観(自分ルール)に合うような人と関わることだ。

そうすることで、自分が本当に好きだと思える人とめぐり合うことができ、毎日が充実するようになる。

しかし、そのためには自分の価値観(自分ルール)に合わない人との交友を断ち切る必要があると思うし、だからこそ僕はあえて孤独を勧める。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

この記事の内容が、もしもあなたの新しい生き方や考え方を見つけるヒントになってくれたら幸いです。

最後に僕があえて孤独を選択したことで得られたものをまとめます。

僕があえて孤独を選択することで得られたもの

・ 自分の価値観を知る機会

・ 自分らしい人生

・ 決断力の向上

・ 時間

・ 自分が本当に好きだと思える友人

 

最後に

最後まで読んでいただきありがとうございました!

当ブログでは、この記事以外にも自分らしい生き方や人生のためのコーチングに関する記事をまとめておりますので、ご興味があれば是非読んでいただければと思います。

それでは!

ABOUT ME
はせさん
理系大学を卒業後、設計開発エンジニアとして企業に就職するも自分の生き方に疑問を持ち1年で退職。現在は、日本一周に向けて準備中。
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